アウトプットを最適化する3つの方法

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前エントリーでは、情報収集の最適化に関して書いたが、
今回は情報収集の最終目的であるアウトプットについて言及してみたい。


時代の変化


人はなぜ、せっせと情報を収集するのか?
人はなぜ、せっせと情報を収集するのか?
少なくともビジネスにおいて言えば、アウトプットを行うためだろう。
しかし、最近は目的不在というか、収集自体が目的化しているのではないかと思うことがしばしばある。
暇さえ見つければ、ネットにアクセスし、何かしらを閲覧していて、そこに明確な目的は存在していないようだ。

情報過多とよく言われており、実際にここ10年で選択可能な情報量は530倍に膨らんだそうだが、完全な情報過多は、考える力の低下を招いていないだろうか。
個人的には、YouTubeが登場した頃から、この傾向が始まったように感じている。
なぜか?
ネットの役割が変わったからだろう。単純におもしろいのである。


ネットのTV化 ~Social Networkの影響~
この情報収集の目的化は、完全にソーシャルメディアの登場による弊害である。
ソーシャルに流れてくる情報は確かにおもしろい。
友人知人の他愛もない一言から旅行先の写真やお薦め情報まで、ありとあらゆる情報が流れてくる。1日も放っておけば、とても遡って全てを見ることはできない。なので、気になって時間を見つけてはアクセスすることになる。
そして、それが肌身離さず持っているケータイから閲覧可能だ。
ソーシャルメディアは、そういった観点で、TVと同じような媒体特性を持っていると言えるのではないか?完全に受身なメディアで共通している。
アクセス頻度や情報発信元の関係性を考えれば、むしろTVより影響力が大きいかも知れない。

既に検索エンジン全盛の時代とは、大きく変わったのである。検索エンジンが全盛の頃は、調べたい事象があって、はじめて行動に移るため、能動的な存在だったが、ソーシャルメディアは、完全に受身な存在として成立している。
その結果、毎日大量の情報を浴びる結果になった。

日々大量の情報を摂取していると、「知りすぎの弊害」が発生してくる。ソーシャルメディアは興味関心のある情報が中心に流れてくる為、特定領域において、あたかも有識者のような感覚に陥ってしまう。すると、自らの意見や見解を考える前に、評論的な発言をしてしまうようになり、個性がなくなる。

本質的には、インプットとアウトプットの総量は、大きくは変化しないはずである。とすると、インプットばかりに集中していると、当然アウトプットが減ってくるわけだ。
これは非常に危険な状態と言えるだろう。私の最近の危機意識である。

まずは、ネットの限界について、まとめてみたい。



ネットの限界 ~in-outまでの4つのSTEP~

ネットは当然、万能の存在ではない。インプットからアウトプットまでを大きく4つの区分に分けてみて考えてみる。

フローの「1.情報収集」「2.蓄積」「4.伝達」の領域では、ネットによる効率化・最大化のためのツールが用意されており、非常に便利である反面、「3.思考」において本質的な部分で利用できるツールは存在していない。
頭の中での行為なため、当然と言えば当然だが、これは重要である。

「1.情報収集」「2.蓄積」の領域で、日々大量の情報を溜め込みつつも、「3.思考」の箇所で詰まっているのが、現状なのである。当然「4.伝達」には流れてこない。頭でっかちの状態だ。

これを改善するには、「3.思考」で詰まっている箇所を流れるようにしなければならない。また一度流れれば、「4.伝達」では、様々なツールが待っており、伝達・伝播において強力な役割を果たしてくれる。
※まさに当Blogも弱小ながらその恩恵を受けており、皆様からメッセージを頂いたりしている。

では、どうすれば流れるのか?
今回の本題である、アウトプットを最適化するための3つのポイントについて言及したい。



アウトプット最適化のための3つの方法

個人的な見解ではあるが、アウトプットを最適化するには3つのポイントがあると考えている。

① 良質かつ制限されたインプットを行うこと
② インプットに対して、考えること
③ 考えた内容に対して、継続的にアウトプットを行うこと

何とも単純かつありふれたポイントだが、これしかないと考えている。


①良質かつ制限されたインプット
前エントリーでも言及したように、情報には様々な情報が存在しており、しっかりと情報を見極める必要がある。
そして、それは個性である。

まず「インプットの制限」だが、冒頭でも書いたように「知りすぎの弊害」を防ぐため、また時間を確保するために、収集する時間を制限・自制する必要がある。そうでないと完全に思考停止状態に陥る。

ちなみに、キュレーターとして、ソーシャルメディアの有識者として、あまりに著名なlooopsの斎藤氏は、Facebookページでどのように情報収集しているかについて書かれている。
「~(省略)~使ってるツールはGoogle Reader、登録しているフィードは合計で330件ほど、英語と日本語が約同数ぐらいです。そうすると、平日は一日平均1500件ほどのニュースタイトルが飛んできます。
あまり時間をとれないので、日本語だと100件を1分程度の猛スピートでチェックして、そこで興味深いと思ったものを共有アイテムとしてコメントつきでマークします。そしてそれがTwitterに自動投稿される仕組みです。~(省略)~」
「どうやって情報を集めてるんですか?」ってよく聞かれるのでお答えします。
※斉藤氏のFacebookアカウントの「ノート」記載
つまり、1,500件のニュースを15分から長くとも30分程度で流し読みしているわけだ。たった30分。それでいて、常に最新動向や人々の目を釘付けにする投稿をされている。

それは、なぜか?
1つに「良質なインプット」が多いからではないか。
良質なインプットとは、優位性が存在し、影響範囲の広い情報と言えるだろう。

では、どうすることで「良質なインプット」を獲得するのか?
当然、WEBから収集することもあるだろうが、WEBに頼らないソースを持つことも重要である。交流会やビジネスパートナーからもたらされる情報は、WEBには掲載されていない情報かも知れない。ビジネスの現場から上がってくる情報もそうだろう。

また、複数の情報を組み合わせて分析することで、価値が膨らむこともあるだろう。
書籍やセミナー、ホワイトペーパー、ディスカッションなどからも情報は得られるだろう。

WEBの情報は、基本的に誰もがアクセス可能な情報である。そこだけに頼っていてはいけない。


②インプットに対する思考・見解
最適なインプットができれば、次はその情報に流されずに、自分なりの考え、見解を持つことが重要である。

普段から考える癖をつけておかないと、有識者などのBlogを読んで、「なるほど、さすがだな」と無条件に受け入れてしまう。完全に思考停止状態である。

この状況は非常に危険であり、ソーシャルメディアの脆弱性であるように感じる。
例えば、Twitterのタイムラインには、同じような属性の人たちをフォローしているが故に、単純に同調してしまう傾向がある。
・ 震災の際の非難情報や放射能の広がりに関するツイート
・ 東京都知事選の際の、当選予想に関するツイート

上記は、多くのツイートが流れ、タイムラインには同じような見解が大量に流れていた。そして、ユーザーはさほど深く考えることなく、自分自身も同調して、同じようなツイートを流してしまう。

無意識に伝播していくため、大きな危険性を孕んでいるし、イスラム各国での革命も同種の結果と言えるだろう。
さも、民意の総意に見えるのである。

これらの危険性から身を守るには、情報に対して、しっかりと自分の考えや見解を持つことが重要である。


③継続的なアウトプット
最後に、ようやくアウトプットである。
最適化された情報を収集し、それを元に自分自身で考えることで、自分なりの持論が出てくるはずである。

そこで、その持論を、とにかくドキュメントに落とすことを継続的に行う。形式は何でもよい。メモ帳だろうが、Blogだろうが、PowerPointだっていい。

ドキュメントに落とすことで、言語化することで、自分自身の理解度が把握でき、同時に落ち度に気付くことが多い。

つまり、外部に発信する以上に、「思考の整理」の役割を果たしてくれるのである。結果、論理的思考力が身につく。

また、外部に発信すれば、他社からの意見をもらうこともできる。自分自身では気付かなかった視点や情報を教えてもらうことで、成長することができる。
※当Blogの第一目的はここにある。

「継続こそ力なり」というが、まさに継続が大切であり、続けて行うことで、良質なアウトプットを出すことができる。



最後に

アウトプットの最適化とは、つまるところ「考える力」であると考えている。
また同時に、正しい「情報リテラシー」を持つことだとも思う。

情報が氾濫し、ネットがTV化している近年において、この2つを両立させることは難しい。
何と言っても、ソーシャルに流れてくる情報は、おもしろい。

今まで以上に、意識して情報と接し、考えることを意図的に行うことで、良質なアウトプットを行いたいものだ。

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